Boston

在校生ブログ_#79 わかろうとする根気

読者の皆様へ、

初めまして、MBANのShunと申します。MBANのYutoさんとは同期です。

普段は文章ではなくSQLやPythonのコードを書いてデータ分析をしています。そのため拙い文章になりますが、どうぞご容赦ください(笑)

本日はブログを綴る機会をいただきましたので、HULTでの経験を書かせていただきます。特に重要だと感じた、グループワークと「他者を理解しようとする根気」に焦点を当てます。あくまで私個人の体験談ですが、半生とそこで得た学びを織り込みました。楽しみながら、参考程度に読んでいただけますと幸いです。

HULT入学前

父の仕事の都合上、幼少期から海外で暮らす機会が多く、気づけば台湾、中国、マレーシア、カナダと、数年ごとに拠点を変えながら生活していました。そのおかげで英語と中国語にはアドバンテージがあり、大学はAO入試を利用して都内の私立大学の文系学部に入学しました。

今振り返ると、親の敷いたレールの上で、その期待に応える形で人生を選んできたように思います。学生時代のシンクタンクでのインターン、VCでのインターン、学生起業も、自分の選択だと自分に言い聞かせながら、結局はいつも「正解」の道を選んでいました。その延長で、英語力を評価いただき、投資銀行に新卒入社しました。ただ、「正解」しか追い求めてこなかった私には、その会社で活躍する自分の姿がまるで想像できませんでした。

HULTに来るまでの私は、ステークホルダーである親、社会、会社の期待に応えるだけの人形だったのではないかと思います。社会が求める姿を、それこそが自分の意志なのだと自分に言い聞かせる日々には、多くの不自由がついて回りました。

転機

2024年12月、入社からわずか8か月で、私はその会社を自主退職しました。当時の私は行き場を失っただけでなく、活躍している友人と自分を比べては、自己嫌悪の渦に巻き込まれていました。そんな折、以前からお声がけいただいていた岩田さんに相談し、藁にもすがる思いで、退職したその日のうちに留学を決意しました。

(翌2025年1月から8月末まで別の証券会社で働きましたが、ビザ書類や入学手続きなど、HULTのサポート体制は万全で、特に困ることはありませんでした。サポートスタッフの皆様、ありがとうございます。)

HULTでのグループワーク

入学当初の私は、証券業界にまだ未練がありました。毎日のように、ニューヨークの投資銀行の本部で働くのだと息巻いていましたし、HULTを選んだのも本場米国の証券市場を経験したいという思いからで、それが自分にとって一番筋の通った動機付けでした。

ただ、私はここで一つ大きな勘違いをしていました。MBANの学生は自分と似た動機や経験を持って集まっている、という先入観です。

たとえば、私とグループを組んだクラスメイトには、インドで不動産業を営む家庭に育った学生、ジンバブエから移住して事業を成功させた50代の女性、ロシアで事業を営む家庭の学生がいました。親に言われて参加した人もいれば、結婚相手を探しに来た人もいます。他ではあまり聞かない環境だと思います(笑)

一般に、米国のビジネススクールに留学する人は、国籍や経験の度合いにばらつきはあっても、学歴の水準や留学の目的・背景にはある程度の共通性があるように感じます。HULTにはそれがありません。つまり、同じ課題に取り組む人の背景も姿勢も意欲も千差万別で、当然さまざまな問題が起きます。(HULTもグループ内で衝突が起きることは百も承知で、意図的に介入しない方針だと感じました。本当に問題が起きた場合は別ですが。)

そうした仲間とグループワークを重ねるうちに、私はこれまで自分が信じてきた「グローバル経験」の正体に気づきました。多様なバックグラウンドを持っているようでいて、本人や親の社会的・経済的・教育的なステータスには大きな偏りがある。結局それは、似た者同士が自分たちの育んだ価値観を守るための概念だったのだと思います。

一般にイメージされる「グローバル経験」は、海外経験や出身地、教育レベルといった横方向に意識が向きがちです。一方HULTで求められたのは、社会的ステータスも価値観もゴールもばらばらな、縦方向に幅のある人たちと目的を共有し、自分たちで決めたゴールに向かって対話しながら進むことでした。勉強ができても、コードが書けても、周りの学生や教授と連携できなければ意味がありません。人を観察し、話を積極的に聞き、他者を理解しようとする根気。それが机上の勉強以上に必要だと感じています。

MIT Bitcoin Hackathonにて

そんな中、2026年4月にMITで開催されたハッカソンに参加しました。金曜の夜から日曜の朝まで36時間ぶっ通しで、ゼロからプロトタイプを形にするイベントです。地元の学生だけでなく米国各地から学生が集まり、参加チームは100を超えていました。

私は当日までチームが決まっていなかったため、会場で隣の席に座ったネパールからの留学生3人とグループを組むことになりました。当時の私はRecursive ZKP、Merkle Tree、SDLC、Torrent Fileといった用語すら分かっておらず、3人に食らいついていくだけで必死でした。

ただ、よく観察するうちに、3人の間にも理解に差があるだけでなく、進みたい方向にもずれがあると気づきました。そこで用語と概念がある程度飲み込めた段階から、一人ひとりに根気強く質問と対話を繰り返しました。最初はバラバラに作業していたチームも、私が初歩的な質問を重ねるうちに理解が全員に広がり、方向性が揃い、互いに意見を出し合う空気に変わっていきました。

結果として、私たちのチームはこの大会で優勝し、MITの講堂で発表する機会をいただきました(Devpostで「BitLazarus」と検索していただくと出てきますので、よろしければご覧ください)。

写真① MIT講堂での発表の様子

個人の能力の総和よりも、噛み合ったチームの方が良いものを作れるのではないか。そう感じた経験でした。

その日まで私は、日本の証券・投資銀行のルートから若くして外れた異端児だと、自分で勝手に決めつけていました。その思い込みを解くきっかけをくれたのが、HULTでのグループワークです。価値観も背景も違う人たちと協業した経験があったからこそ、MITでもチームの真ん中に立てたのだと思います。

英語に自信がないからダメだと決めつけていませんか?英語ができるようになってから他者理解をすると思っていませんか?違います。本当に足りていなかったのは、言語ではなく、他者を本気で理解しようとする姿勢だったのだと思います。以前の私は「グローバル経験」とは海外を飛び回る一部の人が持つものだと考えていました。今は、本当のグローバルな視点は、一番身近で寄り添ってくれる家族や友人、恋人、同僚を深く理解しようとするところから始まるのだと考えています。その視点をくれたのがHULTでした。

おわりに

投資銀行から始まったキャリアですが、今は米国でデータサイエンティストとして働くことを目指し、日々就職活動に追われています。AIが米国の労働市場を根底から揺るがしており、専門職ビザ(H-1B)で現地に残れるかという不安は残ります。それでも、Data Analyticsという専門スキルと、チームワークという普遍的なスキルを武器に邁進してまいります。

重要なのは、優勝したという結果でも、個人技がどれだけ優れているかでもありません。多くの人と対話し、ゴールの達成に必要なスキルを引き出す力と、相手をわかろうとする姿勢。その根気こそが、これからも自分を運んでくれるのだと思います。

写真② NYのブルックリン橋

写真③ MITハッカソン優勝メンバーと参加したサンフランシスコのハッカソン

写真④ Galaでのクラスメイト達

写真⑤ Business challenge 発表

 

今年度在校生ブログの最後は、MBAボストンのMomoさんに託します。

よろしくお願いいたします!